昨日はまた、ネパール人の友だちに呼び出された。
「レジの設定ができない」とのこと。
どうやら新しく開くネパール食材店のレジが、説明書に書いてあることを読み解けずに詰んでるらしい。
そもそもこの友人、日本語は話せるけど読み書きは苦手。
こういう“漢字が立ちはだかる系トラブル”が起きると、なぜかボクの顔が思い浮かぶらしい。
うん、たしかにね、説明書との格闘くらいなら引き受けるよ。でもね、正直ちょっとだけ思った。「ああ、今日は家でダラダラしたかったなあ」って。
だけど不思議なもので、人に頼られるっていうのは、やっぱりちょっと気持ちがいい。
なんというか、心の奥がポンッと灯る感じ。
これ、脳の報酬系が活性化してるらしいよ。ドーパミンの仕業だって。つまり、嬉しくて当然。ボクのせいじゃない。脳のせい。
でも考えちゃうんだよね。ネパール人の友人にはこんなに素直に力を貸せるのに、
日本人の友人から頼まれたら「めんどくせー」の一言で終わらせがちなのはなんでだ?
これ、実は心理学的に「共感ギャップ」ってやつらしい。
“遠くの誰か”には優しくできるけど、
“近くの誰か”には、「まあ、大丈夫でしょ」って冷たくなる。
ボクもまさにそれ。異国の地で孤軍奮闘してる友人を思うと、「助けたい」が先に出てくる。勝手にヒーロー願望が刺激されるのかもしれない。
でもね、誰かが言ってた。「気づいた時点で、もう半分変わってる」って。
うん、そうだなと思った。
これからは、日本人の友人にも、もうちょっとだけ優しくしてみようと思う。
誰かのため、っていうより、自分の中のドーパミンのためにでもある。
さて、肝心のレジ設定はというと、これがもう大惨事。
説明書は「分かりにくい選手権・殿堂入りレベル」。
ページをめくらされ、専門用語が飛び交い、まるでトラップだらけの迷路。
「この機能は12ページへ」「但し27ページも参照」って、お前ら仲良しかよ!
そのうち、こっちの頭がぐるぐるしてきて、
もうやめたい…と思った、その時。
ピコーン!
雷に打たれたような閃き。
点と点が、急につながって線になる感覚。これって脳の“裏の仕事”、デフォルトモードネットワークってやつのなせる技らしい。
ボクの脳、やるじゃん。しっかり考えててくれたんだな。
で、やっとレジ設定が完了した頃には、空腹も限界。
お待ちかねのインド飯セット。ナン、カレー、ライス、タンドリーチキン、サラダ。これが黄金フルコンボ。
でもね…食べきれなかった。
ナンが残った。カレーも少し。
最近、明らかに食べる量が減ってる。元嫁ちゃんともそんな話ばっかりしてた。
胃が前よりも、ちょっとだけ狭くなってる気がする。思い出の収納箱みたいに。
年齢って、こうやって実感するものなんだなと思った。
食べ残したナンの横に、ちょっとだけ寂しさが転がってた。
でもそれと一緒に、なんだか温かい気づきもあった気がする。
“全部食べられなくても、ちゃんと味わえた”という満足感。
頼られて、困って、ちょっと凹んで、最後にナンを残す。
そんな1日が、ボクの中にちゃんと残ってる。いい火曜日だった。