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在宅トレーダーという胡散臭い肩書きが、少しだけ救いに見えた日

肩にずっとくくりつけてた重たいカバンみたいなものが、ひとつゴトリと落ちた。音はしなかったけど、気持ち的にはけっこうな音だった。というのも、プロップファームっていう妙な響きのしくみを知ったからだ。

最初に聞いたときは、「うさんくさい」の一言。数万円払って、資金を貸してもらって、FXでトレードができるっていう仕組み。ちょっと前までだったら、「あっ詐欺ですね、おつかれさまでした」って笑ってスルーしてた。でもいまは、それを「ありがたい」って思ってる自分がいるから、ほんと人生ってわからない。

プロップファームってやつ、要するに雇われトレーダーみたいなものなんだけど、在宅でできるし、トレード利益の一部がもらえる。ただ、冷静に考えたら、9割が負ける世界で、業者はぜんぶお見通しなのかもしれない。トレーダーが勝手に負けてくれるから、市場には注文なんて流さずに、手数料だけポケットに入れとけば済む話。それに最初に支払う数万円も丸儲け。ある意味、打ち出の小づち。

でもね、ボクには夢だった。「自分の資金で勝てるようになる」っていう、その目標に向かってずっと、せどりやったり、アフィリエイトやって小銭稼いだりしてたわけだけど、それしなくてよくなる。それだけで、もうちょっと肩の骨が自由になった感じがしたんだ。

それに、スケーリングっていうシステムまである。言ってしまえば、FX版の昇段試験。7回も合格したら、なんと固定給が出る。4000ドル。日本円だと…やめよう、計算は現実を直視させすぎる。ともかく、昇段できれば“ただの夢追い人”から“お給料もらえる夢追い人”になれる。

「でも、それって詐欺じゃないの?」という疑問は、もちろんよぎった。ボクの頭の中には疑い深い番犬が住んでいて、新しい情報にはすぐ吠える。でも調べてみたら、それなりに信用していいプロップファームもあるらしい。草むらに紛れてる毒キノコさえ避ければ、まあ、なんとかなるかもしれない。

と、ここまでは良かった。

問題は、昨日。さっそく新しい大会になったバーチャルFXで、記念すべき初トレード。ボクはそこで華麗にやらかした。自分で決めたルール、ガン無視。というか、そもそも存在をすっかり忘れてた。あのときのボクの脳内は、まるで買い物メモを家に忘れてきたかのよう。何を買うのかどころか、何を買いに来たのかすらあやしい。

「なんで押した?」ってあとから何度も自問した。でも答えは出なかった。トレードは心の奥をのぞく鏡だっていうけど、見たくなかったものが多すぎて、曇っていた。ルールを守るってのは、本当はすごく大事なんだって、あらためて思い知った。頭ではわかっていた。でも、ボクの指は別の道を選んでた。まるでナビを無視して、謎の林道に入っていくタクシーのように。

唯一の救いは、相場の方向性だけは合っていたこと。ポンドルもユロドルもドル円もゴールドもおまけにSPXLも合ってる。つまり、行き先は合ってたけど、道順が無茶苦茶だった。それでも、そこにちょっとした希望を感じた。やっぱりダウなんだよ。ダウ理論。100年以上も前からあるくせに、いまだに一番筋が通ってて、頼りになる。相場の世界でダウは、まるで冷静な祖父。ボクが勝手に暴れても、静かに正しい方向を指さしてる。

だからボクは、もう一度ルールノートを開いた。捨ててなかったことが奇跡みたいなノート。中身は、たぶん過去のボクの遺言。それを読みながら、もう一回ちゃんとやろうって思った。

ダウは今日も変わらず、相場の地図を持っている。問題は、ボクがそれを見ながら歩けるかどうか。それだけの話。