土曜日の朝、冷たい水を飲んだときみたいに、気持ちがしゃっきりしてて。「お、書けるぞ」ってなって、こっちにも日記を書きにきた。
まあ実際のところ、最近は平日でも時間がある。というか、意図的にそうしてる。
テーマはね、「がんばるより、まず自分を取り戻す」。
これ、Xにも書いたんだけど、最近気にしてる。
“取り戻す”ってどういうことかっていうと、ボクにとっては、メンタルの空気清浄機をかけるって感じ。焦げたトーストの匂いが漂う心に、静かにアロマを焚くような。余裕がないと、目の前の現実がぜんぶ「でっかい敵キャラ」に見えてくるから。
で、話は変わって、最近また暇スレに顔出したら、久しぶりに例の女半コテに叩かれた。性格は、まあ…生乾きの雑巾みたいにじっとりと悪い。
しかもそれだけじゃなくて、取り巻きが「彼女、普段はいい人なんだよ」って肩を持ってくるの、あれ何?ファンタジー?民間信仰?って思った。
いや、たしかにたまーに優しいレスもしてるのよ。でもそれ、毒を飲ませる前に飴玉なめさせる戦法じゃない?
ほら、恋愛でもあるでしょ。「あの人、私にだけは優しかった」とか言って、地雷の上にハイヒールで立ってるみたいなやつ。
思ったのが、暇スレってさ、あそこしか居場所がない人たちの、ちょっとした社交場になってる。
つまり、誰かが「ちゃんと見てるよ」って言うだけで、心がじんわりする。
あの半コテの手法は、いわば“情緒的マーケティング”。優しさを装ったレスで、寂しさを釣り上げる。それで信者をつくってる構図。
これはたぶん、ストックホルム症候群の超ライト版とも言えるし、パラソーシャル関係(一方的な親近感)にも近い。
でもさ、やっぱり腹立つんだよね。人を傷つけ続けてるのに、「でもあの人、いいところもあるし」ってスルーされるの。
いや、焼け焦げた餃子に中身が生だとして、それって“良い”で済ませていい問題?
と、ここまで書いてて、ボクもちょっと反省。
「いやいや待てボク、そんな人に怒り散らしてるってことは、ボクの中の“余裕”まだ足りてないんじゃない?」って。
メンタルってやつは、すぐに忘れる。回復したと思ったら、また波にさらわれる。だけど、それを繰り返してるうちに、「おっ、またか」って笑えるようになってきた。それだけでも、ちょっとした成長。
あとね、誰かが言ってたけど、「掲示板は喫煙所」って例え、すごくしっくりくる。
愚痴と煙が立ちこめる空間。たまに有益、だけど居すぎるとむせる。
だから、別の居場所も持っておこうと思った。たとえばnoteとか、こういう日記とか。自分の言葉をちゃんと自分で拾える場所。
「がんばる」より、「戻る」。
それを思い出せただけでも、今日の日記はなかなかいい収穫。
