気がついたら、一週間ぶりくらい。
いつもの場所に戻ってきた感じで、ちょっとホッとしてるボク。
引っ越し先では「内部流入」ってやつに、うっすら期待してたんだよ。ネットの用語で、いわゆる「自然に人がやってくる現象」。勝手に読みにきてくれるっていう、夢のような集客マジック。
でも、ボクの日記がぽつんと待ってても、誰も来ないの。まるで、誰も通らない路地裏に引っ越した八百屋さんみたいな状態。そりゃ玉ねぎも泣くわ。
これ、心理学で言うところの「フレーミング効果」ってやつらしいんだよね。
“期待する構図”に自分がのっちゃうと、ちょっとしたことで「なんか違う…」ってガッカリしちゃうっていう。
自分で「読まれるはず」って額縁を作っちゃってたのかも。
しかもネットの世界って、思った以上に風が強い。ひと晩で話題が流れて、二晩で存在ごと忘れられる。
そんななかで、ボクの小舟みたいな日記が、新天地でポツンと浮かんでたって、そりゃ見つけてもらえないよなぁ。潮の流れ、完全に読めてなかった。
でね、最近知ったんだけど、「ザイアンス効果」っていう脳のクセもあるんだって。
人は“見たことあるもの”を、だんだん好きになってくる習性があるらしい。
つまり新しい場所にいきなり引っ越しても、誰もそこに愛着なんて持ってない。そりゃそうだ。ボクだって、新しくできた文房具屋さん、3回目くらいでやっと入るもん。
結局、内部流入って「気配の濃さ」でできてるのかもしれない。
ボクの気配、まだそこにしみ込んでなかったなぁ。だから、またここに戻ってこようかな、って思ってる。
いやね、これってむしろラッキーなのかもしれないよ。
「読まれない」ってことは、「見られてない」ってことだからさ。思いっきりぶっちゃけられるし、実験的なこともできる。新しいネタ帳として使っちゃうとかね。
なんなら、「誰も来ない前提」で一人ラジオ始めてもいい。
「こんにちは、今日も誰も聞いてない日記の時間です」ってやつ。
そのうち逆に読み返したら、「ボク、めちゃくちゃ本音言ってるやん」って赤面するかもしれないけど。
…うん、やっぱりこの場所、好きかもしれない。
部屋着みたいにヨレヨレで、でも妙に落ち着く。読まれないことをちょっと笑えて、書きたいことをそっと置いておける。
そんな場所があるって、ちょっといいかもしれない。
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