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暇つぶしに来たのに、心の中で優しさの採点をしてしまった日

暇スレって、ボクにとってはただの気晴らしなんだよね。

冷蔵庫を開けて「プリンあったっけ?」って確かめるみたいな感覚。大した期待もせずに、ふわっと立ち寄る場所。

でもね、その日はいきなり「ガーン」と心に響く展開が待ってた。
ずっとNGにしてた嫌いな人が、ワッチョイを変えて現れたんだ。まるで、変装した嫌な上司が会社の忘年会に潜り込んできたみたいなサプライズ。

最初は気づかずに普通に会話してたんだけど、途中で「あ、こいつか!」とわかった瞬間、胸の中でムカッと音がした。
そのときの心臓は、カップ焼きそばのフタを開けたらソース入れ忘れてた時くらいのガッカリ感。いやいや待てボク、暇つぶしに来ただけやろ、なんでこんなに感情持ってかれてんねん。

それでね、そこから返事をしなかったんだよ。
無言スルー。
すると相手は「あれ?無視された?」と気づいたのか、そのまま消えていった。


その後だよ。心にじんわりとクサクサ感が残ったのは。
「もしかして傷ついたかな…」って思っちゃったんだよね。嫌いな人なのに。
人を小馬鹿にするレスを繰り返すくせに、いざ自分が無視されたらしんどいだろうなって。

ここでまた自分にツッコミ。「いやいや待てボク。なんで相手のメンタルをケアしてんねん。こっちは暇つぶしに来ただけやぞ」って。

でもね、考えれば考えるほど、自分が「優しい人でいたい」って思ってるから引っかかったんだと思う。
だれとでも分け隔てなく接する聖人みたいな存在になりたい。
…けど現実のボクは、「仏の顔も三度まで」どころか二度目で無視ボタンを押すタイプ。
そのギャップって笑って済ませた方がいいのかな?


人間関係って、進化生物学でいうと「群れの中でどう生き延びるか」がベースにあるから、無視された・無視したって状況に敏感なんだって。
脳科学的にも、社会的排除を受けたときに痛みを感じる脳の領域は、実際の肉体的な痛みとほぼ同じところが反応するらしい。
つまり「無視されたかも?」ってことは、頭の中の痛覚センサーがちょっと点灯するようなもんなんだ。だから相手が傷ついたんじゃないかと想像したボクの気持ちも、科学的には自然なことらしい。

でもさ、それを気にして「自分が悪いんじゃ?」ってなるあたり、結局ボクはやっぱり優しいんだなと思う。
無視するほど嫌いな相手でも、頭の中で優しさの採点をしてしまうんだから。
ある意味で、人間って不器用で面白い生き物。


たぶん読んでる人も一度はあると思うんだよね。
嫌いな人をスルーしたのに、自分の方が妙にモヤモヤしたこと。
「いや、なんでオレが気にしてんの?」って心の中でセルフ突っ込み入れるやつ。
これはもう、人生の「あるある」なんだろうな。

結局その日、ボクは暇つぶしに来たはずなのに、優しさの採点をして帰ることになった。
なんか損した気もするけど、まあこういう小さな心のゆらぎがあるから、人間って面白いのかもね。

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