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ネガティブな投稿がもてはやされるこの世界の滑稽さと僕の変化

なんだか最近、心の中にずっと張りついてた灰色の雲が、ふっとどこかに飛んでったみたいで。

気づけばボク、ちょっとポジティブになってきた。

それでね、ふと思ったんだ。
ネットの海にどっぷり浸かってる人って、たいてい心がしょんぼりしてる。いや、してた。
これ、過去の自分がそうだったから、身に染みてわかるんだよね。

リアルが苦いと、ネットが甘く感じる。
人と関わるのも怖いし、傷つかない唯一の場所が、ネットだった。
でもまあ、甘さにも種類があってさ、あれは綿菓子じゃなくて、飴細工みたいなもんだったんだろうな。壊れやすくて、でも一瞬キラキラしてて。

それでさ、Twitterをふらふら覗くとね、「こんなやつ無理!」って誰かが叫んでて、そのツイートがバズってたりする。
誰かを晒してる投稿が火花みたいに拡がって、それに群がる人たちがワイワイ騒いでる。
ネガティブなトゲトゲが、まるで祭りの打ち上げ花火みたいに扱われてる。

あれ、みんな好きなんだね。ネガティブな方向。
あれだけ毎日「メンタル大事」って言ってるのに、結局はネガティブなものに引き寄せられてる。まるで、明るい海の真ん中で、わざわざ沈む石を集めてるみたいにさ。

そういえばBJCの歌詞で、こんなのがあった。

「残酷な事件は、みんなの一番の退屈しのぎ」
「残酷性が強ければ強いほど、週刊誌は飛ぶように売れる」

これ、昔から不思議だったんだよね。
テレビもニュースも、なんでこんなに負の話ばっかり?って。
でもたぶん、それが「需要」ってやつなんだろうな。
みんな、ちょっと壊れた話のほうが、耳に入りやすいんだ。まるでヒビの入ったグラスの音のほうが、澄んで響くみたいにさ。

SNSになってから変わったこともある。
みんな昔の時代はネガティブな話を“見るだけ”だったのに、今は“自分から見つけて”いって、“石を投げる”ようになった。そう、いわゆる炎上ってやつ。

もちろん、ボクは誰にも石なんて投げてないよ。そこはちゃんと断っとく。

今、俺が今くそムカついてるのは 
最低な政治家その類じゃなくて
誰かを傷つけないと自分で居られない君
僕らは幸せになってもいいんだよ

そうそう、そういえば日記を引っ越して、今の場所で書き始めてから40日くらい経つんだって。今日で。
新しい日記は、新しい靴みたいなもんで、最初はぎこちなくても、だんだん馴染んでくる。
書き分けとか使い分けとか、頭で考えてるうちはピンとこなかったけど、やってみると少しずつわかってくる。不思議だよね。

やっぱり、頭でぐるぐる考えるより、まずは動くことだなぁ。
走り出してから見える景色って、案外あるんだよ。地図にない交差点とか、思いがけない信号とか。

でも、それはまた別の話かな。

ネットは好きだし、便利だと思うし、ボクはボクなりにこれからも使っていくつもり。
ただ、誰かを刺すためじゃなく、自分を救うためにね。