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フォロワー数より先に、見るべきものがあった。

 昨日、ダイニングの椅子に座ってスマホをぼーっとスクロールしてた。

そしたら、海外のあるキュレーションアカウントで僕の写真が紹介されてた。

しかも、僕がずっと好きやったアーティストさんの作品と一緒に。

「おー。」

思わず声が出た。

何回も見返した。ほんまに何回も。

「これ、すげくない?」

そんな気持ちになった。

最近の僕は、Instagramの数字ばっかり見てた。

Threadsはフォロワーさんが少しずつ増えていくし、Instagramでもフィーチャーしてもらえることはある。

でも、肝心のインスタのフォロワー数は思ってるようには増えへん。

いいねも「こんなもんか…」って思う日がある。

そのたびに、「自分なんてあかんのかな」って、自分で自分を評価してしまってた。

そんなタイミングやったからこそ、海外で紹介されたことがめちゃくちゃうれしかった。

もちろん評価されたこともうれしい。

でも、それ以上に、

「あぁ、自分が続けてきたことって、間違ってなかったんや。」

そう思えたんよね。

実は、その前の日に見た動画の言葉もずっと頭に残ってた。

デザインや絵を描くのが好きな子が、「社会的に重要じゃないから、あんまり力を入れてない」って話してた。

それに対して、

「でも、あなたの作品を見たいって思ってる人がおるやん。作品を届けへんことのほうが、その人たちに不誠実ちゃう?」

そんなことを話してた。

それを見たときは、「なるほどなぁ」くらいやった。

でも今回の出来事で、その言葉が急に自分のことになった。

考えてみたら、僕にもDMをくれる人がおる。

「あなたのファンです。」

「毎日、あなたの写真で幸せになってます。」

「ポスターやプリントはどこで買えますか?」

そんな言葉をもらってる。

なのに僕は、それをすぐ忘れてしまう。

目に入るのは、いいねの数。

フォロワーの増減。

「まだ足りない。」

その数字ばっかり追いかけてた。

もちろん、今でもフォロワーは増えてほしい。

いいねもたくさん付いたらうれしい。

そこはたぶん、これからも変わらへん。

でも、それだけで自分の価値を決めるのは違うんやろなって思った。

今、僕の写真を好きって言ってくれる人がおる。

次の投稿を楽しみに待ってくれてる人がおる。

まずは、その人たちを喜ばせたい。

その人たちを、もっとハッピーにしたい。

認知も成長も、たぶん一気には増えへん。

少しずつ。

ほんまに少しずつ。

でも、その「少しずつ」の積み重ねが、気づいたら海外の誰かに届いて、好きなアーティストさんの作品の隣に自分の写真を並べてもらえる日につながるんかもしれへん。

だから、今はこう言いたい。

ありがとう。

次の写真も楽しみにしててや。