俺の知らないあいつと、あいつの知らない俺
「あいつ、嫌なやつやなー」
って思うことがある。
「性格悪いなー」とか、「なんでそんなことすんねん」とか。
まあ、人間やからしゃあない。
合う人もおれば、合わん人もおる。
でも最近、ふと思った。
嫌なやつがおるんじゃなくて、そいつのことを「嫌なやつや」と受け取ってる俺がおるだけなんちゃうか、と。
前に『嫌われる勇気』を読んだとき、「課題の分離」っていう考え方が出てきた。
自分が何をするかは自分の課題。
それを相手がどう受け取るかは相手の課題。
たしか、そんな話やったと思う。
それとはちょっと方向が違うけど、最近、お寺さんの言葉でも似たような話を聞いた。
「嫌な人が存在するんじゃない。その人を嫌だと思う自分がいるだけ」
ほんまやなあ、と思った。
ある日、風呂で頭を洗いながら、嫌いやなーと思ってる人のことを考えてた。
「でも、こいつのこと好きな人もおるんよな」
友達もおるやろうし、大切に思ってる人もおる。
じゃあ、その人らはこいつのどこが好きなんやろ?
いいところって、どこなんやろ?
考えてみた。
……。
わからん。
全然わからんかった。
でも、そのとき。
頭の中に、
「あ……」
って、一瞬空白ができた。
シャワーの音がして、頭にはシャンプーの泡がついてる。
そのまま、
「そうやんな」
って思った。
俺が知らんだけや。
いいところがないんじゃなくて、俺には見せてないだけなんや。
俺の知らんところに、俺の知らんそいつがおるんや。
そう思ったら、ちょっと気になってきた。
こいつ、ほんまはどんな人なんやろ。
俺が知らんところでは、どんな顔して笑ってるんやろ。
どんないいところを隠し持ってるんやろ。
いつかそれを見つけたら、
「ほら、やっぱりあったやん」
って、たぶん俺は嬉しくなる。
もちろん、だからって全員を好きにならなあかんとは思わん。
俺にも「ここを越えたら無理」っていう線はある。
特に、悪意を持って人を傷つける人。
失言ならしゃあない。
俺だって言葉を間違えることはある。
でも、人が傷つくと分かってて、悪意を持ってやるのはあかんと思う。
そういう人とは、仲良くなれへんかもしれん。
許されへんことだってある。
それでも、
「この人にも、俺の知らんところにはいいところがあるんやろな」
とは思える。
ここは別々でええんやと思う。
いいところがあると認めること。
許すこと。
好きになること。
仲良くすること。
全部、別の話や。
無理して好きにならんでいい。
距離を取ったっていい。
ただ、「俺が見えてるこいつが、こいつの全部や」と決めつけんでもええんちゃうかなと思う。
で、そこまで考えたところで、また自分に返ってきた。
待てよ。
俺も一緒やん。
俺、人付き合いがそんなに得意じゃない。
自分を表現するのも苦手や。
誰とでもすぐ仲良くなって、素の自分をバーンと出せるようなタイプでもない。
でも、気心知れた人とおるときは違う。
よく喋るし、笑うし、ふざけるし、普段は見せてない自分も普通に出てくる。
ということは。
俺にも「あいつが知らない俺」がおる。
俺が「あいつのいいところ分からんな」と思ってるのと同じように、誰かから見た俺も、
「こいつ、何考えてるか分からんな」
と思われてるかもしれん。
でも、それでええんや。
俺がまだ見せてないだけなんやから。
なんや。
みんな一緒やん。
今までは、そんな自分をなかなか許されへんかった。
もっと人付き合いうまくならな。
もっと自分を出さな。
誰とでもちゃんと喋れるようにならな。
そんなことを、自分にずっと言ってた気がする。
でも、別に最初から全部見せんでもええやん。
仲良くなっていったら、ちょっとずつ見えてくる。
俺が知らなかったあいつが見えてきて、
あいつが知らなかった俺も見えてくる。
それでええんちゃうかな。
むしろ、それが人と仲良くなるってことなんかもしれん。
嫌いやなーと思ってるあいつの、いいところを一個見つけられたら、俺はまた一歩成長する。
もし、いつか仲良くなれたりしたら。
それはもう、
とんでもなくすんげー成長や。
まあ、そこまでいけるかは知らんけど。笑
でも少なくとも、
「あいつ嫌いやな」
で終わってた昔の俺より、
「俺が知らんだけかもな」
って思える今の俺のほうが、ちょっとだけ好きや。
人付き合いが苦手でもええ。
うまく自分を出されへん日があってもええ。
だって、みんな誰かに見せてない自分を持ってるんやろうから。
昔の俺に言うなら、
「大丈夫やで。みんな一緒やで。同じことで悩んでるだけや。笑」
って言いたい。
俺の知らないあいつがいる。
あいつの知らない俺もいる。
せやから、お互い、もうちょっと仲良くなればええんやな。