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走った人と、見送った人

昨日、麻辣湯を食べて買い物しての帰り、駅前のベンチに座ってると電車が来ると言うアナウンスが。元嫁ちゃんが「あー、もう間に合わんな」って言った。けど俺が「いけるいける」って走りだしてみた。すると元嫁ちゃんがまた「無理やって!」て走りながら言ってる。俺はすかさず「いけるって」て返す。

エスカレーターを駆け上りホームに着くと電車の扉は開いていた。乗り込む俺。振り返ると元嫁ちゃんが「あ、いけたん?」って言いながら近づいてくる。

するとそこで電車の扉が閉まった。電車内の俺とホームにいる元嫁ちゃん。目を合わせて笑いながら手を振ってさよーならー。

結局これって、人は思った通りになるってことなんだなーって納得してた。いけるって言ってた俺と無理やってって言ってた元嫁ちゃん。

できると思ってもできないと思っても、それは思った通りになる。

ってヘンリー・フォードさんの言葉と

この世は、思った通りになるのだそうで。思った通りにならないよと思っていた人が、思った通りにならなかった場合、やっぱりそれは思った通りになっているので、やっぱり思った通りになっているのだそうで。

って尾田栄一郎さんの言葉を思い出した。

こういうのって自己暗示の話じゃなくて、「思考が行動を決める」っていう話だよね。

思考が違えば、選択が違う。選択が違えば、未来が違う。

ただ、今回の話は「ポジティブ思考すれば勝てる」って話じゃない。

電車は偶然が絡む。扉は運で閉まる。

でも、「いける」と思ってなかったら、ボクは絶対走ってない。つまり、“可能性の扉の前に立つ権利”を自分で放棄するかどうかの話。ってことかなーって。


FXにも完全に同じ構造あって、ボクは最近ずっと言ってる。「一歩近づいた気がする」「構造が見えてきた」「ダウは機能してる」

これ、「いける」と言って走ってる状態。

逆に、「俺には無理なんかな」「やっぱ才能かも」「もう遅いかも」って言い出した瞬間、走るのをやめる。そして本当に間に合わなくなる。