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「話せるボク」になるための前夜祭と、ベランダ農園のプロトタイプ

長らく、ボクの頭の中にだけ存在していた自動化ツールが、ようやく現実世界にチョコンと足を出した。まるで長靴を履いたネコが、ぬかるみに一歩目を差し出すみたいに。

なんというか、「脳内プロジェクト会議室」から、やっと一人、現場に降りた感じ。進捗ゼロだった白いキャンバスに、ちょっとだけ色が乗った。

でもこれはもともとボクのじゃないんだ。とある人が考え出して、手を動かして、実際に結果まで出したちゃんとしたやつ。で、ボクはそれを「自動化してみようかな〜」って思って、今、水やり中。いうなれば、他人の畑にできた立派な作物のタネをちょっと分けてもらって、ボクのベランダで育ててる感じ。

だから、たとえうまく育ったとしても、「はいよっ!」って配るわけにはいかないんだよね。
まずは「芽が出たけど、見てもらえますか?」って、その人に聞いてみないといけないし、
そのあとには「ほんとに使える?」っていうテストの嵐も待ってる。
それを超えたら、ようやく人様の前に出せるんじゃないかなって思ってる。

…って考えると、配布まではまだ“数ヶ月熟成”ってところかな。梅干しよりは早いけど、ジャムよりはかかる。

で、昨日はオンラインミーティングに参加。ああいうのって、いつも胃が「ちょっと仕事辞めたい」って言い出す。ボクもね、普段のままでいればいいって頭では分かってる。でも、画面越しの空気が、ボクを勝手に“よそ行きのボク”に変えちゃうんだよね。まるで、制服を着た瞬間に“中の人”の人格がスイッチするあの感じ。

そして今日は配信にゲスト参加。
ああ〜、もう、考えるだけで口が砂漠化する。

でもね、最近知ったんだ。こういうのって「自己成就的予言」って言うらしい。
“自分は苦手”って思ってると、そのイメージに合わせて身体が勝手に芝居を始める。まるで予告通りの大根役者。しかも、監督も演者も自分自身というトリプルキャスト。これ、ほんとに厄介。

でも、ボク、思い出したんだ。海外ノマドになったときも、「なるぞ、なれるぞ」って毎日唱えてた。そしたら、気づけば知らない土地でWi-Fi探してた。
言葉って魔法かもしれない。いや、むしろ呪文。筋トレのときだって、「余裕余裕」って言うと、いつもより1回多くこなせたりする。筋肉も耳があるらしい。

だから、今日の配信前にも言うんだ。「ボクは話せる」「ボクは落ち着いてる」って。恥ずかしくてもいい、唱える。セルフトークって言うらしい、これ。ChatGPTが教えてくれた。

昨日のミーティングで思ったことがもう一つ。
ボクは止まってたけど、周りの人たちはちゃんと進んでる。
なんかね、自分だけ時間がポーズボタン押されたような感覚だった。ボクだけ“再生”が押されてないまま、置いてかれてる。

でもね、ChatGPTが「それって“風が吹く前の静けさ”かもよ」って言ってた。止まってるって思ってたのは、きっと力を溜めてた時間だったのかもしれない。
例えるなら、ジャンプ前にグッとしゃがんでた瞬間。

だから今日は、配信前にこう言って出発しようと思う。
「ボクは今日も進んでる」って。
自分が自分にかける呪文。やっぱり、最後は自分が自分の一番の応援団だと思う。

さあ、よっしゃいこう。今日もやったろかい!