9998いいねで止まったら、たぶん俺は笑う
昨日、スレッズに投稿した写真がちょっとバズった。
「ちょっと」のレベルちゃうかもしれへん。
今見たら、いいねが8800ぐらいついてる。
人生で一回ぐらいマンバズしてみたいなあと思ってたから、正直めちゃくちゃソワソワしてる。
夜中の0時ごろやった。
投稿が伸びてることに気づいて、部屋の電気を消したまま横になってスマホを見てた。
ほんで気づいたらパソコンでも開いてた。
モニターにスレッズを表示して、数字を眺める。
カトン。
カトン。
カトン。
いいねの数字が増えていく。
別にニヤニヤしてたわけやない。
むしろ真顔やったと思う。
「え、まだ伸びんの?」
「え、まだ伸びんの?」
そんな感じで何回も更新してた。
我ながらアホやなと思う。
でも嬉しい。
承認欲求おばけやから。
もちろん分かってる。
いいね押してる人なんて、そんな深い意味で押してへん。
「あ、ええやん」
ぐらいの感覚やと思う。
別に俺という人間が承認されたわけでもない。
写真を見て、気軽に押してくれただけや。
そんなことは分かってる。
でも、こっち側は勝手に承認欲求が満たされる。
不思議なもんやなと思う。
考えてみたら、俺は毎日3〜4枚ぐらい写真を投稿してる。
同じような写真でも、2500いいね付くやつもあれば、100いいねで終わるやつもある。
最初は意味が分からんかった。
でも最近になって、ちょっとだけ分かるようになってきた。
主題が小さい写真は流されやすい。
スマホでみんながスクロールしてる途中に、一瞬で何の写真か伝わらへん。
逆に主題が分かりやすい写真は止まってもらいやすい。
もちろん仮説やけど。
毎日投稿してるうちに、そんなことを考えるようになった。
昔はバズる人なんて別世界の人やと思ってた。
今もそんなに変わってへんけど。
ただ、少しだけ観察する目は育った気がする。
それにしても、人間って感覚が麻痺する。
もし昨日までの俺やったら、200いいねでも十分喜んでたと思う。
「やったー!」
ってなってたと思う。
でも8800を見てしまった今、
200いいねを見ても物足りなく感じるかもしれへん。
ほんまは200でも十分すごいのにな。
数字って怖い。
そして今、一番気になってるのは1万いいねや。
1万に特別な意味なんかない。
8800と10000に本質的な差なんかない。
でも節目やから気持ちええ。
ただそれだけや。
もし最終的に10000を超えたら嬉しいと思う。
でもたぶん3日後も数字を見てる。
なんならその次の数字も追いかけてる。
承認欲求には終わりがない。
そしてもっと面白いのは、
そんな話をこうやって日記に書いてることや。
「8800いいねついて嬉しいねん」
なんて文章を書いてる自分を見て、
我ながらバカやなと思う。
もしこの投稿が9998いいねで止まったらどうするやろ。
たぶんめちゃくちゃ悔しい。
そしてめちゃくちゃ笑うと思う。
9998と10000なんて、ほとんど同じやのに。
その「2」の差に振り回される。
結局、人間ってそういう生き物なんやろなと思う。