夏至の翌日、世界が少し明るくなった
昨日、いつも見てるネットのコミュニティでこんな投稿を見た。
「今日、夏至やから、これからどんどん日が短くなっていくな。寂しいな」
それを見て、俺も「ほんまやな」と思った。
夏ってええやん。
日が長くて、明るくて、なんかテンション上がる。
暑いのは暑いけど、それも含めて夏らしくて好きや。
せやから、「これから日が短くなっていく」と聞いた瞬間、なんや夏が終わっていくみたいな気がして、少し寂しくなった。
その投稿を見た時、俺は家でパソコンの前に座ってた。
昼前やったと思う。
サッカーの試合が始まる前で、なんとなくコミュニティを眺めてた。
そこで「これから日が短くなる」という事実だけを見てしまった。
だから気持ちも自然とそっちに引っ張られた。
でも翌日、別の人がこんな投稿をしていた。
「昨日夏至やったから、今日めっちゃ日長いな」
それを見た瞬間、
「ほんまや!」
と思った。
これから先、日が短くなることばっかり考えてたけど、よく考えたら今日もめちゃくちゃ日が長いやん。
最高やん。
その瞬間、気分がパーッと明るくなった。
その時もパソコンの前におった。
窓の外は曇り空。
夕方で、むしろ少しずつ暗くなり始めてた。
夏特有の湿気もあった。
客観的に見たら、周りの景色が明るくなる要素なんか何もない。
でも不思議なことに、自分の視界が軽くなった。
世界が少し明るくなった気がした。
同じ事実やのに。
「これから日が短くなる」と見るか、
「今日めっちゃ日が長い」と見るか。
それだけで、こんなに気分が変わるんやなと思った。
コップに水が半分入ってる時、
「もう半分しかない」と思うか、
「まだ半分ある」と思うか。
よく聞く話やけど、まさにあれやった。
最近読んだアドラー心理学の本にも、「物事そのものより、その受け取り方が大事」ということが書かれていた。
頭では分かってたつもりやった。
でも今回みたいに実感として腑に落ちたのは初めてかもしれん。
もし俺が「これから日が短くなるな」という投稿しか見てへんかったら、今も少し寂しい気持ちを引きずってたと思う。
でも「今日めっちゃ日長いやん」という一言のおかげで、
「まだ日が長い日は続くやん」
と思えた。
失われるものじゃなくて、まだ残っているものに目を向けられた。
昔の俺やったら、たぶんこんなふうには切り替えられへんかったと思う。
調子を崩していた頃は、とにかくネガティブな考えを引きずりがちやった。
暗い方、悪い方ばかり見てしまっていた。
でも今は、人の考え方を素直に受け取れるようになった。
それは少し成長した部分なんかもしれん。
ただ同時に思った。
俺も「今日めっちゃ日長いやん」って言える人になりたいな、と。
物事のええ面を見つけられる人。
誰かの視界を軽くできる人。
実際、その人の何気ない一言で、俺は救われたから。
未来ばかり見て、今を見失うことがある。
なくなるものばかり数えて、まだあるものを忘れることもある。
でも昨日の出来事で思った。
同じ空を見ても、見方ひとつで世界は変わる。
そして案外、そのきっかけは誰かの何気ない一言やったりする。