編集

ポスター希望と自意識泥棒

 この前、Threadsに投稿したAI生成の写真がバズった。

その時に、

「ポスターどこで買えますか?」

ってコメントがついてて、めちゃくちゃ嬉しかった。

その出来事は前に日記にも書いた。

でも、今回書きたいんはその後の話や。

バズった投稿には200件くらいコメントがついてた。

せっかくやし全部返信しようと思って、パソコンデスクの前に座って、一件ずつコメントを読んでいった。

そしたらな。

「ポスター売ってください」

だけやなかった。

「プリント販売してほしいです」

「ポストカード欲しいです」

「壁紙に使ってもいいですか?」

「他にも作品見れるサイトありますか?」

そんなコメントが何件も何件も出てきた。

正直、おおっ、ってなった。

こんなに欲しいと思ってくれる人がおるんや。

こんなに見たいと思ってくれる人がおるんや。

そこは素直に嬉しかった。

ただ、その嬉しさのあとに、毎回同じ言葉が頭に浮かぶ。

「いや、でもAIやしな」

って。

もしこれが自分で撮った写真やったら話は別や。

カメラ持って現地行って、構図考えて、光を待って、現像して。

何日もかけて作った作品に、

「ポスター欲しいです」

なんて言われたら、たぶん感激してたと思う。

でも今の俺は違う。

AIにプロンプトを入れて作った画像や。

もちろん構図とか色使いとか、モチーフとか。

そういう方向性を決めたんは俺やと思う。

せやけど、実際に絵を生み出してるんはAIや。

だから感覚としては、

俺20%、AI80%。

そんな感じや。

コメントを読んでる時も、

「おお、またポスター欲しいって人おるやん」

って嬉しくなる。

でも数秒後には、

「いや、俺が撮った写真ちゃうしな」

ってなる。

なんか不思議な感覚や。

ただ、200件近いコメントを返しながら、ひとつ思ったことがある。

それは、

誰が作ったかより、誰かの心が動いたかの方が大事なんちゃうか

ってことや。

AIか人間か。

そこはもちろん大事な議論やと思う。

これから先、AIが勝手にコンテンツを作る時代になるかもしれへん。

俺みたいにプロンプトを打ってる人間なんか、いらんようになるかもしれへん。

でも今回のコメント欄で起きてたことは事実や。

ポスターが欲しいと思った人がおった。

壁紙にしたいと思った人がおった。

もっと作品を見たいと思った人がおった。

その人らは、

「これはAIか?」

を見てたんやなくて、

その画像を見て何かを感じてた。

もしそうなら。

俺がすごいとか、AIがすごいとか。

その割合は案外どうでもええんかもしれん。

AIが8割でも9割でもええ。

その画像が誰かの心を少しでも動かしたんやったら。

それだけで、作った意味はあったんちゃうかなと思う。